想像を絶する被災地へ

2011年4月18日(月)

4月14日早朝6時半。

道の駅に集合して、被災地 福島県南相馬市へ出かけました。

ワゴン車2台10人です。

前日のうちに車に荷物を積んで準備する。

卵600個、キャベツ50個、ほうれん草50束、夏みかん23箱、カップラーメン5箱、菓子類10箱、漬け物・缶詰……。たくさんの人から心のこもった物資を預かり出掛けました。

高速は使わず、土湯峠~福島市~霊山町~相馬市(ここで大石さんにキャベツ、ほうれん草を渡す)

写真を撮り、すぐに南相馬市へ南下する。国道6号線を走る。

原町近くになると6号線をはさみ東側は海まで瓦礫の山。船が横倒しになり、家が屋根だけあったりですが、6号線の西側は普通の町並み。

きっと国道が防波堤になったんだろう。

11時頃目的の南相馬市小川町サンライフ南相馬(体育館)に着く。

体育館は支援物資であふれていた、荷物をすべて下ろす。

そこで余震がきた。

震災支援ー3

震災支援ー5

昼食を取り、荷物が届くのを待つ。ここは30km圏内で自主避難区域ですが、全国から来る宅配便が配達されず、スタッフが相馬市まで往復1時間かけて取りに行っているのが現状です。

3ヶ所で1000人ほどが避難していますがまもなく4ヶ所になるそうです。

仕分け仕事を手伝い2時半に終わる。

震災支援ー4

近くに津波の痕を見に行く。

瓦礫のため車は入れず、下りてみると2kmも先に海があるのが見渡せて、その間はずっと瓦礫が続いています。

木がなぎ倒され、家は柱だけ残ったり屋根だけあったり、車、船、自転車、ガスボンベ、便器、何でもまざって山になっています。

どうやって片付けるのだろう。この世のものではない有様でした。

車に乗ってもしばらくは言葉もなく静かなものでした。

放射能も気になるし、復興には莫大な時間とお金がかかりそうです。

震災支援ー1

審査支援ー2

新商品開発4月(金山寺味噌)

2011年4月18日(月)

事業計画としてはH22年度のものでしたが、今になってしまった。
さいとうエコフーズの齋藤孔男氏に依頼し金山寺味噌の試作品を作る。
しばらく熟成してから野菜をくわえるのだ。
商品化をめざしている。

金山寺味噌

昼食ボランティアと試食会を兼ねた理事会開催

2011年4月9日(土)

今回の東日本大震災によって地震、津波、余震、原発の放射能と次々に襲い掛かる

不安と恐怖は世界中を深閑とさせ現代生活を振り返る難題をなげかけました。

そして沢山の被災者が出ています。

西会津町にも約100名ほどが避難されています。

個人の家へ来てる方をのぞき77名ほどがが町体育館で不自由な避難生活をしています。

町では朝、夜におにぎりと味噌汁を出しています。

ローカルフレンズは一人1000円を出し合い、昼食のサービスをボランティアで始めました。

私たちもはじめて、町職員もこんな対応ははじめて。

被災者の方も不安そうでなかなか歯車がかみ合わず難儀しました。

はじめは続けていけるか心配しましたが、日を重ねるごとに慣れてきました。

ケーブルテレビに採り上げられ、町民にも周知されてからは協力したい参加者も増えてきました。

今では週1くらいのペースになり楽になってきています。

一日も早い復興を願っています。
 
 
私たちの作っているメニューをいくつか紹介します。

菜飯、豆ご飯、ちらし寿司、カレーライス、おやこ丼・・・
 

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平成23年4月8日(金) 第10回理事会開催

議題 被災地へ(南相馬市)へ支援物資を持参し、何か手助けをする。

     ● 4月14日(木)車2台で行く。

     ● 支援物資  缶詰、卵(1000個)、お菓子など

     ● 支度は ヤッケにズボン、帽子、マスク、リック、軍手、長靴

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